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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)1559号 判決

本籍

東京都町田市本町田二三〇一番地

住居

右同所

造園業

大澤辰雄

昭和一一年八月一五日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官櫻井浩出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一、〇〇〇万円に処する。

有罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都町田市本町田二三〇一番地において造園業を営み、昭和五八年一月三日実父作蔵の死亡により同人の財産を他の相続人と共同相続した者であるが、分離前相被告人仲吉良二と共謀のうえ、架空の保証債務を計上して課税価格を減少させる方法により被告人の相続税を免れようと企て、昭和五八年五月一〇日、同都町田市中町三丁目三番六号所在の所轄町田税務署において、同税務署長に対し、被相続人大澤作蔵の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は二億七九四九万三〇〇〇円で、このうち被告人の正規の課税価格は二億三一六三万七〇〇〇円であった(別紙(1)相続財産の内訳表及び別紙(2)ほ脱額の計算書参照)のにかかわらず、右作蔵には堀尾功に対する金額一億五〇〇〇万円の保証債務があり、主たる債務者である川口一夫には右金額を弁済する能力がないため右作蔵の相続人である被告人において弁済すべきこととなったが、右保証債務の履行に伴う求償権の行使ができないので、取得財産の価額からこれを控除すると相続人全員分の相続税課税価格は一億三四八四万三〇〇〇円で、被告人分の課税価格は七七九五万八〇〇〇円となり、これに対する被告人の相続税額は一二二一万四一〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(昭和六〇年押第九三八号の1)を提出し、そのまま決定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告人の正規の相続税額六二一九万八六〇〇円と右申告税額との差額四九九八万四五〇〇円(別紙(2)ほ脱額の計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書五通

一  証人仲吉良二、同佐藤久光の当公判廷における各供述

一  仲吉良二の昭和六〇年五月一九日付及び同月二一日付(但し、第一ないし第一八項)検察官に対する各供述調書

一  若林工義、堀尾保次、川口一夫、阿保静子、大澤喜與信の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  保証債務調査書

2  土地家屋調査書

3  家財調査書

4  代償分割(未払)調査書

5  公租公課調査書

一  押収してある相続税の申告書一袋(昭和六〇年押第九三八号の1)

なお弁護人は、本件相続税申告手続の際、被告人は脱税の手口を具体的に認識していなかった旨主張する。しかし、共犯者仲吉良二の当公判廷における供述及び同人の検察官に対する昭和六〇年五月二一日付供述調書(第一ないし第一八項)によれば、同人に町田税務署に申告手続に赴いた昭和五八年五月一〇日、申告に先立ち、紹介者の不動産業者佐藤久光の事務所で被告人と会い、あらかじめ作成し持参した判示内容の相続税申告書及び架空の金銭消費貸借契約証書、代位弁済の証明書等を被告人に示したうえ、申告書記載の相続財産の価額、計上した架空債務の額等を読み聞かせ、さらに右契約書等は税務署に提出するためだけのもので心配することはない旨話し、このようにして被告人に対し、被相続人作蔵に一億五〇〇〇万円の債務が存在したように計上して相続財産の課税価格を減少させるという脱税の具体的方法を説明し、その了解を得るとともに、被告人自身に申告書に押印してもらい、契約書等には被告人から印鑑を借り受けて仲吉が押印したことが認められ、被告人はこの時点で本件脱税の方法を具体的に認識したことが明らかである。被告人は当公判廷において、弁護人の主張にそう供述をするけれども、申告書等を示されながら目を通していないとか、説明も受けずにすぐ判を押したとかいう被告人の当公判廷における供述は甚だ不自然であるのみならず、検察官の取調べにおいては仲吉の供述のとおり明快に述べているのであって、被告人の弁解は信用できない。従って、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

相続税法六八条一、二項、刑法六〇条

一  刑種の選択

懲役刑及び罰金刑の併科

一  労役場留置

刑法一八条

一  刑の執行猶予

刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件は、実父の死亡により相続財産の大部分を取得することとなった被告人が、職業的脱税請負グループの一員である仲吉良二と共謀し、自己の相続税四九九八万円余をほ脱したという事案であって、ほ脱額がかなりの額にのぼり、ほ脱率も約八〇パーセントと高く、犯行の態様をみても、税務調査に備えて被相続人に巨額の保証債務があるかのように仮装した関係書類を作り、右債務の履行に伴う求償権の行使ができない旨の偽りの申告をして課税価格を減少させるという大胆かつ巧妙なもので、犯情は甚だ悪質である。本件全体の経過においては、被告人に脱税をもちかけ、その方法を発案し、書類の作成、虚偽申告書の提出等脱税工作を実際に遂行したのは共犯者の仲吉とその仲間であり、本件犯行が同人主導のもとに行われたことは事実としても、納税の当事者として脱税により直接の利益を受けるのは被告人であり、その承諾なくしては本件は成り立ち得なかったのみならず、被告人自身申告書に押印し、仲吉が税務署に申告に赴いた際には同道するなど、その関与の程度も小さくなかったことを考えると、仲吉の誘いに安易に乗り同人と共謀して本件に及んだ被告人の責任も又軽くないといわなければならない。

しかしながら他方、被告人は本件脱税の手口をはじめから知って仲吉らの申出を受けたのではなく、同人らと接触、交渉を重ねるうちこれを具体的に認識するようになったもので、被告人が検察官調書で述べるように、その時には話が進んで今更後戻りできない状態になっていたとの被告人の心理も肯けないわけではないこと、被告人は本件犯行において終始受動的、従属的であり仲吉や仲介者の報酬、手数料稼ぎに利用された面があり、現に仲吉らに四四〇〇万円余の報酬を支払ったため、本件脱税による実際の利得も五六〇万円余と認められること、被告人は本件発覚後捜査機関の取調べにおいては素直に事実を認めて反省の態度を示し、修正申告のうえ一部金額を納付し、残余は延納許可を受けて完納することを誓っていること、被告人は正業を有する社会人で前科前歴がないこと、その他被告人の年令、家庭の状況等被告人に有利に斟酌すべき事情も存し、これらを総合考慮して、主文のとおり通刑する。

(求刑 懲役一〇月、罰金一五〇〇万円)

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 裁判官 鈴木浩美)

別紙(1)

相続財産の内訳

昭和58年1月3日

〈省略〉

別紙(2)

ほ脱額の計算書

〈省略〉

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